人生には、思い返しても
「自分が歩いていた記憶がない時期」がある
覚えているのはしんどさだけで、前に進んだ実感がない
そんな時に思い出すのが、
世界中のクリスチャンに読まれてきた詩として知られている
「砂浜の足跡」
無宗教な自分でも、心に響いている
人生の旅路
砂浜に足跡が二つ続いている
自分の分と、神の分
ところが、一番つらかった時だけ
足跡が一つしかない
「どうして置いて行かれたのですか」
そう問いかけると、こう返ってくる
「あの足跡が一つの時、私はあなたを背負って歩いていた」
歩けていないように感じるのは、弱いからではない
背負われていたから、歩いた感覚が残らなかっただけかもしれない
一方で、「背負う」という行為は、きれいごとで終わらない
重い、面倒、ときには理不尽
となると、The Bandの「The Weight」が思い出される
旅の途中で、次々と頼まれごとがやってくる
相手にも事情があって、簡単には断れない
主人公は巻き込まれながらも、誰かの重荷を引き受けていく
それはヒーローイズムの正義感ではない
「しょうがないな」と言いながら、放っておけない人情
この歌が教えてくれるのは、たぶんこういうことだ
重荷は人生から消えない
誰かの荷物を持つ場面は何度も来る
ただ、その重さは、同じ人にだけのしかかるわけではない
ある時期は背負われる側で、ある時期は背負う側になる
それを繰り返しながら、人は進んでいく


