2026.02.17

誰かが

チバユウスケがPUFFYに提供した曲
「誰かが」
綺麗事を言いたいわけでも、
いい人ぶりたいわけでもないが
こう思って生きている人間は確かにいる
自分もそうだ
その感覚を、そのまま歌詞にしてくれている

もちろん自分は平凡な人間なので、
見返りや下心がゼロかと問われたら
偉そうなことは言えない
ただ、あまりに無償の行為は、
相手を不安にさせたり、怪しまれたりもする
ゆえに、わざと見返りを求めるようなことを言う
偽悪的に
バランスを取るのと、照れ隠しのために

それでも根っこはシンプル
誰かのために、少しだけ何かを差し出す
その連鎖で世の中は回っている

本当に良い曲だと思う
年の瀬、紅白のトリで歌われてもいい
我々はそれぞれの一年を生きて、
どちらかと言えば
辛い思いをしている人の方が多い感覚がある
年齢も立場も関係なく、
新しい年に向かって
少しだけ前を向ける曲が必要な時がある

後にチバ自身もセルフカバーしているが、
もともとPUFFYのために書き下ろされた曲
だから自分の中では、
やはりPUFFYバージョンがベスト
あのゆるさで歌われるからこそ、
この曲のメッセージが逆に入ってきやすい

チバユウスケが亡くなって、2年余り
つくづく、惜しい人がいなくなったと思う

ミッシェルガン・エレファントが全盛期の頃、
ちょうど自分が音楽を聴いていなかった時期にあたる
だから完全に後追いだが、
知った時はハマった
世界に通用する日本のロック
奇跡のバンド

この曲は、
ウィルソン・ピケットの
“Everybody Needs Somebody to Love”
や、
ボブ・マーリーの
“No Woman, No Cry”
へのチバのオマージュだろうか

結局、人は一人では立っていられない

だから「誰かが」誰かのその日を少しだけ支える

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