2026.03.13

英雄

明日から2026WBCの決勝ラウンドが始まる

日本の野球は
今やメジャーの選手とも互角に渡り合えるレベルになった。

それはイチローが殿堂入りスピーチで感謝の言葉を述べていたように
最初に海を渡った野茂英雄の功績が大きいと思う
いつか侍ジャパンの監督をやって欲しい

野茂がメジャーに渡った1995年
当時はまだ日本人がメジャーリーグで活躍するイメージなどほとんど無かった

近鉄のフロントと揉めて日本球界やメディアから激しいバッシングも受けた
それでも孤独な渡米を決断した

その時ウォークマンで聴いて勇気づけられていた曲が
佐野元春の彼女の隣人

その話を聞いてから
自分も何かに一人で立ち向かう時
この曲を聴くようになった

好きなプロ野球選手は?と聞かれると
好きな選手が多すぎてなかなか答えられないが
「一番は?」
と聞かれたら
2番を大きく引き離して野茂の名前を挙げる

野茂が書いた
僕のトルネード戦記」も好きな一冊だ
ストレートとフォーク
たった二つの球種を武器に海を渡り
メジャーリーグで大活躍した
あの1年目のシーズン

1995年といえば
阪神大震災
地下鉄サリン事件
社会を揺るがす出来事が立て続けに起こった年でもある

自分にとってもその後の生業になる
人材サービス業界に転職した節目の年だった

多くの人に勇気と希望を与えた野茂の渡米

もちろん
近鉄ファンだった自分も興奮して見ていた

メジャーで水を得た魚のように伸び伸びと野球をする姿を見ていると
日本球界に未練など無さそうにも見えた

でも本の中では
「あの近鉄のメンバーで優勝したかった」
と何度も書いている

あの仏頂面のくせに情に厚い
昔の仲間を大切にする
そこも野茂を好きな理由の一つだ

近年では近鉄時代の投手仲間に多額のお金を貸して
焦げついていた笑

野茂の
「監督やコーチは選手の上司ではない」
という考え方も好きだ

それぞれが自分の役割を果たし選手を尊重する
メジャーのやり方が野茂にはフィットした
これからの会社組織にも参考になる考え方だと思う

社会人野球時代
初めて経験したビールかけの時
「ああ、これだ僕の求めているのは…」
という感覚が体に広がったそうだ

それ以来野茂はシーズン終盤の
ビールかけ
シャンパンファイトを夢見て
真っ向勝負でバッターに向かっていった

現役生活の結果としてメジャー1年目のドジャースでの地区優勝以外
日米の球界で本当の優勝を経験することはなかった
でも野茂に後悔は無いと思う
優勝できるチームに行きたかったのではなく
所属したチームでみんなで優勝したかった
それだけだから
そこが一番清々しくて好きだ

そういえば
違う高校に通っていた同級生が
「高校野球の大阪予選で野茂からヒットを打ったことがある」
1万回くらい聞かされた笑

たぶん本当に打ったんだと思う
大阪の公立の工業高校で野球をやっていた野茂
それほど身近な存在が
やがて球界を代表する投手になり
メジャーリーグへの道を切り開いた

その野茂と同じグラウンドに立ったことがある
それだけでも誇らしくて優越感に浸りたくなる気持ちは当然

野茂は本当の英雄だ

今週もお疲れ様でした

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