辰吉丈一郎
1991年
当時の国内最短記録となるプロ8戦目で
バンタム級世界王者になる
その後網膜裂孔の診断を受け長期療養
1年後の防衛戦で王座陥落
王座に返り咲くも今度は網膜剥離が判明し
JBCルールで引退危機
しかし特例を認めさせ
薬師寺保栄とのバンタム級王座統一戦に挑む
そして敗れる
負けたら引退と言われていたが
引退しなかった
1997年
誰もが引退を見届けるつもりでいたシリモンコン戦
そこで勝利し5年ぶりの王座返り咲き
2度の防衛
しかしバンタム級における日本人の宿敵
ウィラポン・ナコンルアンプロモーションに
2戦連続で完膚なきまでに叩きのめされ現役引退を表明
だがその後引退を撤回
主戦場をタイに移しリングに上がり続けた
国内では引退選手扱い
海外でも2009年以降は試合が組まれていない
こんなボクシングバカ他にいるのか
いやボクシングに限らず
ここまで頑なに
自分の人生を全うしようとする人間が他にいるのか
敗者の美学に痺れた薬師寺戦
ボクシングを観て初めて泣いたシリモンコン戦
精神が肉体を上回る場面を目撃したウィラポンとの2戦目
辛い時、追い込まれた時は
辰吉の試合を観る
そうすると不思議と気持ちが楽になり
明日への活力が湧いてくる
その辰吉は既に55歳
タイでの最後の試合に敗れ
JBCもWBCも各国の団体に
辰吉との試合を組まないよう要請している状況の中
「なぜベルトを諦めないのか」
と問われてこう答えている
「逆にそう聞かれるのをびっくりする。だから練習してるんよ。老化は避けられへんけど老化の速度は抑えられる。どう言うたらええかな説明が難しい。でもボクシングしか知らんしボクシングが好きなんよ。これを取り上げられたらちょっと待ってくれってなる。結果的には自己満足の世界。いつまでとかどうなったらとかじゃなく自分が納得したら引退するよ」
誰がどう考えてもファンタジーの世界
でもそれを笑う人はいない
最後に
辰吉の言葉で一番好きな一文
「誰かに生まれ変わりたいとか言うじゃないですか。1回もないね。もしもう1回生まれるんだったらもう1回自分でありたいし父ちゃんの子でありたいし辰吉として生まれたい。おもろいもん」
自分ももう一度[原田智也]を生きたい。

