2026.03.24

エストローヤル

25年くらい
クリスタルグループ勤務時代の話

オーナーのアドバイザーのような立場で、都銀の不動産部長まで務められた植田さんが就任した

銀行からの出向や転籍で、オーナーの側近になる
よくある話ではあるが、植田さんもまた、オーナーの意向に強く寄り添うタイプだった
それだけではなく、オーナーの無茶なオーダーをさらに加速させて、現場に下ろしてくる

「そのポジションは、むしろクッション役にならなあかんのちゃうの」

何度かそう思った

ただ、オーナーの信頼と評価を一刻も早く得ようと必死だったのだろうし、その気持ちも分からなくはなかったので、こちらも耐えていた

ある日、新規事業のための不動産開発で、植田さんと二人で神戸へ行くことになった
植田さんは、以前、南京町の近くの支店で支店長をされていたらしく、三宮の街にやたら詳しかった

昼どきになって、

「ちょっと昔の知人を紹介したるわ」

と言って、南京町の洋菓子店を訪ねることになった

エストローヤル

シュークリームが看板商品の、行列のできる有名店
雑誌でも見たことのある店だった

植田さんが店主を訪ねると、店主は客の列をかき分けるようにして出てこられ、そのまま三人で昼食へ
食事をしながら聞いた、お二人が親しくなったきっかけが印象的だった

エストローヤルのオープン当初、売れ残りが多くて困っていた時期があったらしい
その頃、植田さんは応援のつもりで、毎日のように売れ残り商品を全て買い取り、銀行の行員たちに振る舞っていた

店主は「あの時の恩は忘れられない」と言い、今でも頭が上がらないという話だった
その後、お店は軌道に乗り、以来ずっと良い関係が続いているという

この一件で、ただのオーナーの犬のように見えていた植田さんへの見方が変わった
出される指示に対しても、以前より素直に向き合えるようになった

「無茶なオーダーでも、まずは一度、全力でやってみよう」

そんなふうに思えた

ただ、結局、植田さんは、オーナーとの方向性の違いから短期間で会社を去った
その後、奈良の地銀の副頭取として迎えられたと聞いた
一緒に働いた時間は長くなかった
でも振り返ると、学ぶことは多かった

神戸で元町や南京町を通りかかった時は必ずエストローヤルを覗いてみる
拡張移転されたお店も相変わらず盛況そう
シュークリームもたまに買う
美味しい

植田さんも元気にしておられるだろうか
そういえば、植田さんが会社を去る前にこんなことを言われたことがある

「原田くんは、年齢の割に若く見えるというか、いい加減に見えるな。良くも悪くも」

どう考えても悪い意味にしか聞こえなかった笑

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