先週末、ブログで少し『ロッキー4』に触れた流れで、
結局、第一作『ロッキー』の完成度は超えられない、ということを考えていた
あの映画が傑作なのは、勝たなかったから
無名のボクサーが、ひょんなことから世界ヘビー級王者アポロ・クリードに挑戦する
ここまでお膳立てが整えば、普通の娯楽映画なら最後は勝たせる
観客もそれを期待する
努力して、追い込んで、限界まで鍛えて、本番で奇跡を起こす
そういう話の方が、わかりやすいし、盛り上がる
でも『ロッキー』は、そうしなかった
ロッキーはアポロに判定で負ける
そこがいい
あの映画の本質は、無名のボクサーが世界王者になることではなかった
ロッキー自身が求めていたのも、ベルトではない
自分がただのチンピラや三流ではなかったことを証明したい
最後までリングに立っていたい
逃げずに戦い抜いたと言える自分になりたい
本当に欲しかったのは、その一点だった
だから、勝たなくていいのである
むしろ勝ってしまうと安っぽくなる
そんなに世の中は甘くないし、人生は映画みたいにきれいにひっくり返らない
でも、負けてもなお、人間は何かを手にすることがある
尊厳とか、覚悟とか、自分で自分を認められる瞬間とか
『ロッキー』が描いたのは、そういう勝敗とは別のところにある勝利だった
その意味で、スタローンは優秀な俳優というより、非常に優秀な作り手だったのだと思う
観客が何を見たがっているかを知っている
そのうえで、あえて全部は与えない
少しだけ外す
だから作品が安っぽくならない
もし最後にロッキーがアポロを倒していたら、あの映画はもっと単純な感動作になっていて
ヒットはしただろうが、シリーズ化は成功しただろうか?
スタローンは今のような名声が得られただろうか?
人の記憶に残る作品にはならなかった気がする
人は勝者の物語に酔う
でも、本当に心に残るのは、敗者の物語だったりする
負けた
届かなかった
それでも最後まで降りなかった
その姿にこそ、人は自分を重ねる
考えてみれば、人生の大半はそういうものかもしれない
誰もが勝者になれるわけではない
大きな成功も、劇的な逆転も、そう何度もあるものではない
むしろ多くの人は、届かないものに手を伸ばしながら、それでも倒れずに生きていく
『ロッキー』が今も古びないのは、そこを描いているからだろう

