昨今、ラジオを聴く人が増えているという
動画は観ながら仕事ができないが、
ラジオなら「ながら」で何でもできる
今どきの言い方をすれば、
タイパがいい行動なのかもしれない
流行る理由はそれだけではないと思う
テレビや動画を視聴していても、
意外と頭に入っていないことが多い
観ているつもりになっているからだろう
特にバラエティによくある、
テロップが次々に出るような番組は、
その傾向が強い気がする
一方でラジオは、
知らず知らずのうちに傾聴していて、
内容が頭に入っている
映像がない分、
こちらの想像力が働くのかもしれない
昭和はラジオが盛り上がっていた
特に深夜ラジオ
全国区で言えばオールナイトニッポン
自分は大阪で生まれ育ったので、
ヤンタンやハイヤング京都をよく聴いていた
それと、
『ぬかるみの世界』である
鶴瓶と新野新がパーソナリティを務め、
日曜日の深夜帯という超オフピークタイムに、
マニアックな話を延々と繰り広げていた
一度足を踏み入れたら、
なかなか抜け出せない「ぬかるみ」
そこにどんどんハマっていく
深夜ラジオの存在自体を表したタイトル
この番組では、
リスナーのことを「ぬかる民」と呼んでいた
姉2人と自分は、
正に「ぬかる民」だった
4畳半一間の子ども部屋で、
3人布団を並べて聴いて、笑っていた
中学生になるかならないかの自分には、
理解できない話も多かった
下ネタは姉の手前、理解できないふりをしていた笑
でも、わからないなりに可笑しかったし、
何より、大人の世界を少しだけ覗いているようで
ひどくワクワクした
昼間のテレビでは聞けない話、
学校では絶対に出てこない話題
それを布団の中でこっそり聴いている感じがよかった
深夜ラジオには、独特の魅力があった
今また音声メディアが見直されているのもわかる
基本、孤独に楽しむものだが、
パーソナリティが一人一人に語り掛けてきているようで
不思議と孤独感がない
またパーソナリティはトーク力が必要となるので
そもそも実力のある人が務めているのも
ラジオが面白い要因だろう
人にはそれぞれ、
抜け出せない「ぬかるみ」がある
それは音楽かもしれないし、
映画かもしれない
また酒場かもしれない
ラジオもまた、そのひとつだ
※新野先生は昨年お亡くなりになられたようです
ご冥福をお祈りします🙏

