『アラビアのロレンス』
壮大なスケール、息をのむような映像美、そしてあの音楽
映画としての完成度があまりにも高く、何度見ても引き込まれる
ただ、この作品に惹かれる理由は、それだけではない
あの映画には、一人の人間が歴史の裂け目に立ってしまった時の、どうしようもない孤独がある
ロレンスは英雄として語られがちだ
だが、実際は矛盾を引き受けてしまった苦悩の人
アラブの独立を信じながら、大英帝国の論理の中にもいた
理想と現実の両方を知ってしまった人間の顔を映している
そして今
誰が現代のロレンスになるのか、と
アメリカとイランが対立し、中東で緊張が高まるたびに、
じわじわと生活が脅かされるたびに、
つい、どこかにその役を探したくなる
大国の論理と、湾岸諸国の複雑な感情、その両方を理解し、間に立てる人物はいないのかと
けれど、おそらく現代には、もうロレンスは現れない
ロレンスの時代には、まだイスラエルは建国されていなかった
当時も十分に複雑だっただろうが、少なくとも現代のように、イスラエルとパレスチナの問題、アメリカの深い関与、イランとの対立まで幾重にも重なってはいなかった
いまの中東は、100年前の火種が消えないまま、その上に新しい火種を何層も積み重ねた世界である
しかも、その混迷の原点の一端には、やはりイギリスとフランスがいる
現在の中東の国境線を引いたのは彼らだった
だから英仏は、この地域の混迷に対して無関係ではいられない
やはり、何らかの責任ある役割を果たすべきなのだろう
もちろん、それはもう一度この地域を軍事力や謀略で動かすことではない
停戦を支え、対話をつなぎ、人道と復興に本気で関わることだ
では、現代には希望がないのか
そうでもないと思う
ただ、そこにいるのは映画になるような英雄ではない
停戦を仲介する人
対話し続ける当事者たち
相手の面子を守りながら、流血を増やさない着地点を探す人
現代のロレンスがいるとすれば、そういう神話にならない人たちだ
誰が現代のロレンスになるのか
その問い自体が少し古いのかも知れない
いま必要なのは、一人の英雄ではなく、分断された世界のあいだで行動や言葉を失わない人間なのだろう

