2026.05.26

人が壊れる時

ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地

英国映画協会が10年ごとに発表している「史上最高の映画100」2022年版で第1位に選ばれた作品である

3時間を超える長尺
延々と続く家事
ほとんど動かないカメラ
終盤まで大きな事件も説明もない

しかし観終わったあと、しばらく言葉が出なかった

面白かったのかと聞かれると、どうなのか

ただ、とんでもないものを観てしまった
という感覚だけが残った

この映画はひとりの未亡人の日常を延々と映し続ける

ジャンヌは家事、育児、日々のルーティンを異常なほどちゃんとこなしている

だからこそ怖い

乱れているから壊れるのではない
乱れないようにしすぎることで
人は壊れていくのかもしれない

家事は生活を保つための行為であり
自分を保つための儀式でもあった

しかしその儀式は彼女を支えると同時に
彼女を閉じ込めてもいた

この映画の怖さは
最後に起きる事件そのものではない

事件が起きるまでに人間の中で何が死んでいったのかを
長い時間をかけて見せているところにある

人を殺したから
ジャンヌは壊れたのではない

人を殺す前に
すでに人としての何かが
死んでいたのではないか

そう感じた

人は一気に壊れるのではない

日々のルーティンをこなし
役割を果たし
生活を守りながら
水面下で少しずつ壊れていく

そしてある日一気に崩れる

人間が生活の中で
少しずつ人間でなくなっていく過程を描いた映画だと思う

ジャンヌの時代と現代は違う

しかし知らない間に心が蝕まれていく危険性は
むしろ現代の方が増えているのかもしれない

私たちは日々、仕事をし
家族としての役割を果たし
生活のルーティンをこなしながら

その隙間で大量の情報や刺激にさらされている

それが心を豊かにすることもある
救いになることもある

しかし一方で本来なら引っかかるはずの違和感に
少しずつ鈍感になっていくこともある

見続けているものに人は似ていく

毎日触れているものに心の形は少しずつ変えられていく

ジャンヌは部屋の中で少しずつ壊れていった

現代の私たちは、もっと見えにくい場所で
少しずつ壊れていくのかもしれない

この映画の衝撃はそこにあったのだと思う

ジャンヌ・ディエルマン〜は前回の発表から大きく順位を上げ2022年版で第1位となった

まだまだ評価され切っていない秀作は眠っている

英国映画協会が次に発表する「史上最高の映画100」は2032年
その時どんな作品が上位にランキングされるのか

そして、その時の私たちは、どんな映画に衝撃を受けるのだろうか

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