2026.06.23

焼き芋屋

野毛で飲んだ帰り、桜木町駅前で焼き芋屋に遭遇した

ただの焼き芋屋ではない
ロードスターを改造している

赤いロードスターの後ろに焼き芋の設備を積み、提灯を灯しながら街を走っている
ネットでは有名な焼き芋屋らしい

焼き芋屋と言えば、大学時代を思い出す

学生ツアーのスタッフをしていた頃、提携していたツアー会社の同期がいた
彼は学校を辞めて焼き芋屋を始めた

春夏は竿竹屋
秋冬は焼き芋屋
本人はそれを「二期作」と言っていた
「焼き芋屋は夏はどう過ごしているのか?」と常々疑問に思っていたので納得した
しかも、結構稼いでいると言っていた

その後、その稼ぎを元手に、当時流行し始めていた韓国マッサージ店を開業した
それも繁盛し、多店舗展開していると聞いた

さらに驚いたのは、そのうちの一店舗の店長を、学生ツアー時代に先輩だった人にやらせているという話だった
その先輩は、いわゆるボンボンだった
バブル期に住専から多額の借入をして破綻した不動産会社の専務の息子だったと記憶している

学生ツアーの世界は上下関係の厳しい業界だった
その時の下の立場だった人間が、商売で稼ぎ、かつての先輩を雇う側に回っていた
資本主義の厳しさを目の当たりにした気がした

焼き芋屋は、今で言えばキッチンカーである
店を構えて客を待つのではない
必要とされる場所へ、自分から動いていく

駅前、寒い夜、小腹が空く時間、寂しい帰り道

そこに現れる

考えてみれば、非常に原始的な商売である
しかし、だからこそ強い
固定費を抑え、自分の足で需要を探し、必要な人の近くまで行く
商売の基本がむき出しになっている
社会がどれだけ高度になっても、こういうビジネスはしぶとく生き残るのだろう
むしろ、これからの時代には合っているのかもしれない

同世代も、会社勤めであれば、そろそろ引退という言葉が見えてくる年齢になった
しかし人生100年時代である
まだまだ先は長い
会社を離れた後に何をするのか?
そんなことを考える年齢になってきた

少し前なら焼き芋屋をどこか別世界の商売として見ていたかもしれない
しかし今は違う
ロードスターを改造した焼き芋屋を見ながら、どこか他人事とは思えない自分がいた

結局、生き残る人間は、必要とされる場所に自分を運べる人なのだ

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