ミャンマーのパンクバンド
The Rebel Riot
政府も、軍も、警察も信じることができない国で歌っている
日本に暮らしていると、なかなか想像できない
警察は市民を守るもの
軍は国を守るもの
政府は国民のために働くもの
少なくとも建前としては、そういう前提で社会が成り立っている
しかしミャンマーでは、そのすべてが市民を守る側ではなく、威圧し、従わせる側に回ることがある
助けを求める相手が、自分たちを脅かす相手でもある
The Rebel Riotのボーカル、チョーチョーはナイフを例えに語っている
「どこの家庭にもナイフがあるだろう」
「そのナイフは、愛する家族のために料理を作ることにも使える
一方で、他人を脅し、傷つけることにも使える」
問題はナイフそのものではない
誰が握り、何のために使うかである
政府も、軍も、警察も同じだと思う
本来は人を守るために与えられた力が、人を従わせるために使われた時、それは暴力になる
最近、日本で働くミャンマーの人が増えている
入国に関わっている人から聞いた話がある
ミャンマーには敬虔な仏教徒が多く、現世での行いが来世の幸せにつながると真剣に信じている人が多い
特に年老いた人に対して献身的で、自分の親だけでなく、他人の親であっても大切にする
だから、日本で人手不足が深刻な介護の仕事にとても向いているという
反対に、日本では自分の親の介護も施設や他人に任せることがあると聞くと、ミャンマーの人は非常に驚くらしい
ミャンマーには、人を敬い、人のために尽くすことを自然な行為として受け止める文化が、まだ強く残っているのだと思う
そんな国の政情が不安定であり続けるのは、あまりにももったいない
心の美しい国民が、なぜ安心して暮らすことができないのか
パンクは本来、社会から押しつぶされそうな人間の叫びだった
The Rebel Riotの音楽を聴いていると、パンクはまだ死んでいないと思う
ファッションでも「反抗するための反抗」でもない
生きるための抵抗である
ミャンマーの人たちが報われる国になってほしい

