2026.09.10

独立

初めて起業した時、自己資金はほとんどなかった

わずかな出資金も、立ち上げる会社が所属するグループの本体から借りた
実質的には自己資金ゼロからのスタートだった
十分な準備期間も無かった

グループ内の社員を転籍再出向させて派遣の売上を作ったり、あらゆる手段を駆使して、創業から半年以内で黒字転換させた
当時、私は36歳
勢いもあった
寝食を忘れて働くとは、まさにあの頃のことだったと思う

今は、起業する人が増え、独立することも珍しくなくなった
会社員のうちに準備を進め、副業から始めたり、十分な資金を用意してから独立したりする人も多い
創業までの準備期間も、事業が軌道に乗るまでの助走期間も、以前より計画的に、長く取られているように見える

一方で、起業塾や開業コンサルタント、フランチャイズなど、独立の夢を煽る業者も多い

「好きなことを仕事にする」
「会社に縛られず自由に働く」
「自分の頑張りが、そのまま収入になる」

どれも嘘ではない
しかし、それだけを信じて、独立を安易に考えてはいけない

独立して初めて、給与所得というものが、いかにありがたいかを身にしみて知る
決まった日に給与が振り込まれる
売上が少ない月でも、会社員であれば給与が支払われる
社会保険料の一部は会社が負担してくれる
体調を崩せば休むことができる
有給休暇もある
自営業に、その当たり前はない

私の地元の公設市場に、一軒の魚屋があった
おそらく30代くらいの夫婦が経営していた
同じ市場には、母親もテイクアウトの寿司と惣菜の店を出していた
その夫婦は早朝から夜遅くまで働いていた
しかし、仕入れや家賃などの経費を支払うと、ほとんど手元に残らないと嘆いていたという

ある時、市場の近くに関西スーパーが建てられることになった
市場の人たちは、商売が成り立たなくなるのではないかと戦々恐々としていた
やがて、そのスーパーの求人が出た
レジや品出しなど、さまざまな職種が募集され、その中には魚を扱う職人の求人もあった
母親は、その情報を魚屋の夫婦に教えた
夫婦は揃って応募し、二人とも採用された
そして市場の店を畳み、関西スーパーの社員になった
魚をさばける職人は、比較的待遇が良い

給与というのは、自営業でいえば、経費をすべて支払った後に手元へ残る利益である
夫婦二人の給与を合わせると、魚屋を続けていた頃には、どれだけ働いても残らなかった金額になった

労働時間も短くなった
社会保険にも入れる
体調が悪ければ休むことができる
家族旅行にも行けるようになった

夫婦は、求人を教えた母親にとても感謝していたという

自営業には、自分のアイデアや熱量、行動量によって、可能性をどこまでも広げられる魅力がある
他人から、あれこれ指示されるわけでもない
自分で決め、自分で動くことができる
そこには確かに自由がある
しかし、自由だと思って独立したはずが、すべてが自己責任であるために、会社員だった頃より不自由になることもある

休めない
病気になれない
売上がなければ、自分の給料もない

そして、その夢を応援してくれる家族がいる
だからこそ、考えなければならない
自分が夢を追う代償に、家族をどこまで付き合わせるのか
自分はやりたいことをしているから、苦労にも耐えられる
しかし、家族にとっては、自分が選んだ夢ではない

もう一つ、自営業について考えることがある
社会にとって有益な経験や技術を持っている人であっても、独立すれば、自分の得意な仕事だけをしているわけにはいかない
営業、経理、資金繰り、採用、労務、クレーム対応
専門外の付帯業務にも、多くの時間を使わなければならない

優れた職人が、魚をさばくことより帳簿や集客に時間を取られる
優れた技術者が、技術を磨くことより請求書や資金繰りに追われる
それは本人にとってだけでなく、社会にとっても損失なのかもしれない
専門分野に深い知見を持つ人よりも、意外と何でもやってきたゼネラリストの方が、商売ではうまくいくことがある
商売は、得意なことだけでは成り立たないからだ

独立するなら、まだ若さが残っているうちに、小さく始めた方がいいと思っている
そして、失敗するなら早い方がいい

50歳を過ぎると、会社員に戻ることも簡単ではなくなる
若いうちなら、独立に挑戦し、うまくいかなければ勤め人に戻るという選択もできる

独立することが挑戦で、会社員に戻ることが敗北なのではない
市場の店を畳んだ魚屋の夫婦は、商売に負けたのではない
自分たちと家族の暮らしを守るために、より良い働き方を選んだのである

自営業にも、会社員にも、それぞれの自由と不自由がある
要は、どの辛さを取るかだ
容易い仕事も、容易い商売もない

組織の中で、多くの人が辛いと感じる制約や責任を楽しめる人は、本物の組織人である
経営に伴う孤独や重圧、あらゆる付帯業務まで楽しめる人は、本物の経営者である

自分が選んだ道の辛さを楽しめる人になれたら、それは一つの成功だ

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