ノーベル化学賞に選ばれた、東京理科大学名誉教授の硤合憲三さん
受賞を伝える報道で、周囲の人が語る人物評が印象に残った
考え続ける体力がすごいという
頭が良い、知識が豊富、発想が鋭い
研究者への賛辞なら、そういう言葉を想像する
しかし、思考にも体力がある
なるほどと思った
答えが出ないことを考え続けるのは、疲れる
調べてもわからない
試しても思い通りにならない
別の方法を試しても、またわからない
そこで、もうええかとなる
自分はそうなってきた
しかし、その先も考える人がいる
一度離れても、また戻ってくる
何年も、何十年も、ひとつの問いを手放さない
その持続力を、思考の体力と呼ぶのだろう
研究が何の役に立つのかという問いに対しても、硤合さんは、世の中には用途や意義がまだわからないものがたくさんある、という趣旨の話をしていた
何の役に立つのか
もっともな質問ではある
自分も経営者なので、日々そう考えている
売上につながるのか
費用に見合うのか
いつ成果が出るのか
会社を続けていくためには、避けて通れない
ただ、その物差しですべてを測って良いのかとも思う
何の役に立つかわからないというのは、今の自分たちにはわからないということだ
将来も価値がないと決まったわけではない
判断する側の想像力が、まだ追いついていない可能性もある
人材の仕事をしていると、それに近い場面がある
経験がない
今の募集条件には合わない
面接でうまく話せない
その時点では、採用する理由を見つけにくい
しかし、働き始めてから力を発揮する人もいる
周囲との関係や、任された仕事によって変わる人もいる
履歴書と短い面接で見えていたものが、その人のすべてではなかったと気づく
もちろん、研究と採用は同じではない
会社には期限も予算もある
待ち続けることができない場合もある
それでも、今わからないことを、わかったつもりで片づけないようにしたい
コスパ、タイパと言われる
短い時間で答えにたどり着けることが評価される
自分も便利な道具を使うし、効率よく仕事を終わらせたい
しかし、早く答えを出すことと、深く考えることは、必ずしも一致しない
すぐに答えが見つからない時
成果を説明できない時
それでも気になって、考えるのをやめられない
そういう人が、まだ誰も知らないものを見つけるのだろう
自分も60歳を前に身体的な体力は落ちてきた
しかし思考の体力は、まだ上げていけると思う

