優勝できなかったチームの試合が、人生で最も感動した試合として残っている
1988年10月19日
川崎球場で行われた、近鉄バファローズとロッテオリオンズのダブルヘッダー
野球に限らず、自分が観てきたすべてのスポーツの中で、この日の感動を超えるものはない
今日であの日から38年になる
プロ野球史上最高の試合として、よく挙げられるのが、1994年の巨人と中日の「10.8決戦」
同率首位で迎えた最終戦
勝った方が優勝という直接対決を、長嶋監督は「国民的行事」と呼んだ
確かに、あれもすごい試合だった
しかし、自分にとっての最高試合は、やはり10.19だ
長嶋監督率いる巨人と中日
人気のセ・リーグで、地上波のゴールデンタイムに放送される優勝決定戦
もともと全国の注目が集まる舞台だった
一方、10.19は近鉄とロッテだ
今とは違い、パ・リーグの試合が全国的な注目を集めることは少なかった
優勝争いの展開次第では、ひっそりと終わる退屈な消化試合になっていてもおかしくなかった
その試合に、人々が引き込まれていく
テレビは通常の番組を差し替え、全国中継へ
関東で30.9%、関西では46.7%という視聴率を記録した
普段はパ・リーグを観ない人まで、近鉄の勝利を願い、テレビから離れられなくなる
近鉄は、この日2つ勝てば逆転優勝
すでに全日程を終えていた西武を追い越せる
しかし、ひとつでも負けるか引き分ければ、その夢は終わる
第1試合を勝ち抜き、望みをつないだ近鉄
しかし、第2試合は延長10回、時間制限によって引き分けに終わった
近鉄は2位
昭和最後のパ・リーグのペナントレースは、あまりにも非情な結末を迎えた
奇跡の逆転優勝を見たい
あれほど魂を揺さぶられ、誰かの勝利を願ったことがあっただろうか
願いはかなわなかった
それでも、あの日の試合は自分の中に残り続けている
忘れられないスポーツの名場面はいくつもある
しかし、自分が挙げる名場面の多くは、最後に勝利を手にしている
10.19は違う
近鉄は1勝1分
試合には負けていない
それでも、優勝には届かなかった
その結末まで含めて、今も自分にとっての一番だ
以前から、この試合の動画を繰り返し観ている
娯楽としてというより、仕事で行き詰まった時
人生がしんどい時、寂しい時
観に帰ってくる、という方が近い
結末はわかっている
何度観ても近鉄は優勝できない
それでも、また観る
そして、また心が動く
だから、自分はクライマックスシリーズという制度に、どうしても割り切れないものがある
興行としての意味はわかる
優勝争いから離れたチームにも目標が残り、ファンも長く楽しめる
経営者として、その理屈は理解できる
しかし、もし1988年にCSがあったらどうだっただろう
近鉄は2位でも、日本シリーズへの道が残る
CSを勝ち進めば、西武と直接戦って決着をつけられる
悔しくても、次がある
もちろん、選手は2位でもいい、3位でもいいと思って戦っているわけではない
優勝を目指しているに決まっている
それでも、優勝を逃したらすべてが終わるのと、その先にもう一度チャンスがあるのとでは、緊張感が違う
長いシーズンの積み重ねが、最後の一日に凝縮される
あの日の近鉄には、もう次がなかった
第2試合が終わった後、近鉄の選手たちは泣いていた
コーチも、スコアラーも、トレーナーも
ベンチにいる全員が泣いているように見えた
当時の選手の証言によると仰木監督も隠れてトイレで嗚咽していたらしい
近鉄ファンであり、朝日放送スポーツ実況アナウンサーの故アベロクさんの言葉を借りると
全力を出し尽くした汗が涙に変わる
今回、阪神がCSで無念の敗退を喫し、選手が涙を流す姿を見た
しかし、あの日の近鉄とは、涙の種類が違うように思えた
長いシーズンを勝ち抜いて優勝したのに、日本シリーズには進めない
その無念と、最後の最後まで力を振り絞り、それでも優勝に届かなかった無念
自分には、その違いが大きい
あの日、近鉄の選手たちが流した涙には、長いシーズンのすべてが詰まっていたように思う
だから、観ている自分も、あそこまで心を揺さぶられたのだろう
再挑戦できる仕組みを作ることで、救われる人もいる
一方で、それによって失われる感動もある
試合を増やせば、そこそこの感動シーンは増えるのだろう
しかし、自分はもっと1球1球に一喜一憂したい
負ければ心底悔しく、やるせない気持ちになる
それでも、後のないチームが全力を出し尽くした姿に、清々しさを感じたい
近鉄は、優勝できなかった
しかし、優勝という結果では測れないものを、自分に残してくれた
自分にとってのプロ野球最高試合は、これからも10.19であり、宝物である

