FINES のすべての投稿

2026.01.16

ワンイシュー

最近、ワンイシューで戦う政治家や言論人が増えた
分かりやすい
伝わりやすい
拡散もしやすい
その強さは、確かにある

しかし社会がどんどん“単純な形”にされていく怖さもある

ワンイシューは時に正しい
ただ、それだけでは足りないことが多い

故上岡龍太郎さんが、たしかこんなことを言っていた記憶が
「屁理屈に一理あってもニ理はない」

ワンイシューを屁理屈とまでは言わないが、一理だけで走ると、誰かが置き去りになる

世の中は、基本的に矛盾だらけ
一つの正しさを押し通すほど別の正しさが潰れていく

だから、ニ理ぐらいないとあかん
二つの理屈を同時に持つ
反対の立場の事情もいったん飲み込む
それでどんな答えを出すか?

大も小も生かすのが本当のリーダー
だから難しいし、悩む
悩み続けるのがリーダーの仕事

そこを面倒に思って開き直った瞬間にリーダーではなくなる

分かりやすさだけで勝つ話には、乗りたくないし乗せられたくもない

今週もお疲れ様でした

2026.01.15

Rick Rubin

リック・ルービンとの出会いは、80年代半ば以降にビースティ・ボーイズRUN-D.M.C.をプロデュースしていた人物だと知ったことからだった
さらにDef Jam Recordingsの創設者だと

それまで自分には
「プロデューサーで音楽を聴く」
という感覚がほとんどなかった
音楽はアーティストのもの、プロデューサーは裏方、その程度の認識だった

それ以降、色んなプロデューサー単位で括って音楽を開拓するようになった

そしてリックがレッチリをプロデュースしたと聞き
極め付けはアデルまで!
この人は自分が欲している音楽を作り続ける人だと確信した

ジャンルは関係ない
ヒップホップ、ロック、ハードコア、カントリー
彼が関わると、とにかく惹きつけられる

リック・ルービンは、音を足す人ではない
正解を与える人でもない
余計なものを取り除き、その人の中にすでにあるものを浮かび上がらせる

彼が大事にしているのは、テクニックよりもクリエイティビティ
自分の内面と外面を、深く見つめること
そして、それを可能にする柔軟な思考

行き詰まったときの考え方についても、彼は著書で一つのヒントを示してくれた

仏教でいう「パパンチャ」という概念
事実に、感情や解釈が過剰に乗っていく状態
それが、判断を誤らせる

それに対して「ニパパンチャ」
感情が膨らむ手前で、事実のところで止める
余計な意味づけをしない

これは音楽だけの話ではない
仕事でも、人間関係でも、判断を誤るときは、だいたい感情が先に走っている

事実を見る
感情を否定せず、でも、その手前で一度立ち止まる

リック・ルービンがやっているのは、まさにそれだと思う
評価しない
決めつけない
その人が本来の音を出すまで、邪魔をしない

これは、すべての道に通じる創作活動の姿勢だと思っている

作るとは、何かを足すことではなく、本来の形に戻すこと

リック・ルービンを知ってから久しいが、深く知れば知るほど音楽の聴き方だけでなく、判断の仕方も変わってきた

2026.01.14

Joe Strummer

ジョー・ストラマーは、自分にとって一番好きなパンクロッカー

彼は「音楽で世界を変えられる」と、本気で思っていた人
それはポーズでも、若さゆえの理想論でもなく、最後まで疑っていなかった
世界情勢にも詳しかった

パンクがムーブメントになった時、ロンドンは大きな問題を抱えていた
移民の流入や失業問題の中で、仕事を奪われたと感じる若者たちの鬱憤が溜まり、怒りは外へ向かった
誰かを分かりやすい敵にしたくなる空気が街全体にあった

そんな複雑な社会の構造に、真正面から言葉を投げ込んだのがザ・クラッシュでありジョーだった

誰かを単純に悪者にするのではなく、何が起きているのかを言葉にする
魂を込めて歌うことを大切にし、歌詞も本当に自分が思っていることだけを書いた

ジョーには
「月に手を伸ばせ。たとえ届かなくても」
という有名な言葉がある

現実的に考えれば、無理に決まっている
それでも、手を伸ばす姿勢そのものに意味があると、彼は信じていた

同じ時代のパンクでも、ピストルズのようなシニカルさは無く、ジョーは真面目で熱かった

その姿勢は、ステージの上だけのものではなかった
晩年、ジョーはフジロックにアーティストとして出演したが
その場の空気を気に入り、その後数年間観客としても参加していた
自分も影響を受けて毎年フジロックに参加している

演者と客、上と下を分けない
人のいる場所に混ざり、音楽を聴き、空気を感じる
カリスマでありながら、最後まで現場にいた人だった

今の日本を見ていると、社会の空気が少し張りつめているように感じることがある
生活に余裕がなくなると、不満や怒りが、分かりやすい対象に向かいやすくなる

ただ、ジョーやクラッシュが向き合っていたのは、そういう単純な話ではなかった
問題は、誰か一人を悪者にすれば、解決するほど分かりやすくない
怒りの背景には、もっと複雑な構造がある

弱い立場にいる人の側に立ちながら、別の弱い立場の人を切り捨てない
その姿勢が滲み出る楽曲は今聴いても全く古さを感じさせない
今の日本で聴き続ける意味がある

2026.01.13

TENET

TENET

コロナ禍のあいだに、最も繰り返し観た映画

クリストファー・ノーランの作品の中でも、難解さの極み
一度観ただけでは理解できない
なので何回も観た

この映画でいちばん心を掴まれたのは、主人公を未来から救いにやってくるニールという存在

ニールの行動は派手な正義感から来ているようには見えない
おそらく自分の母親を助けてくれた主人公への感謝と世界が滅ぶのを防ぐという使命感
その二つが重なった結果だと思う

テネットは、いわゆる瞬間移動のタイムスリップものではない
時間を「逆行して生きる」世界

もし20年戻りたければ、20年分、逆向きの時間を生きなければならない
近道はない
ショートカットもない
全部、時間で払うしかない

その覚悟と執念に強く心を打たれた

要約や早送りで映画を楽しむ現代
タイパやコスパが重視されるのも自然な流れ

しかしテネットは違う
一度では分からないし、説明も親切ではない
気を抜くとすぐに置いていかれる
何度も向き合わないと見えてこない仕掛けが埋め込まれている

これはノーランなりの現代の映画への向き合い方のアンチテーゼだと思う

時間をかけないと届かないものがある
繰り返さないと見えないものがある
テネットは、その前提で作られている作品

この映画から学んだのは、成果を上げるのに、たやすい方法はない、ということ

もう一つ

ニールのような世界を左右する大きな使命でなくても、人はそれぞれ、人知れず自分なりの役割や信念を背負って生きている

今日すれ違った誰かも、平凡な生活を送っているように見えて、
何かを目指し、何かを守りながら生きている
そう思うようになった

テネットは難しい映画だと思う
しかし何度も観てしまった理由は、仕掛けだけでは無い

時間をかけて引き受けること、
そして、誰も気づかなくてもそれぞれが自分の場所で何かを背負っているという感覚

その視点に気づかされた

2026.01.09

smoke

2024年の年末あたりから、本格的に喫煙を再開した

紙巻きではなく、電子タバコ
完全に禁煙していた20年の間に世に出てきた

タールが発生しないので、匂いも体への負担も少ない
結構気に入ってる

再開して感じたのは、喫煙スペースが街に意外と多いこと
喫煙難民とかよく耳にしたので、もっと少ないのかと思ってた
そこでほんの数分、居合わせた知人や知らない人とも言葉を交わす
だいたいは、たわいもない話

その時間がいい
禁煙していた頃は、こういう空白の時間がなかった

立場も、役割も、一度横に置かれて、ただ同じ場所に立っている感じ
そこで交わす言葉は、フラット

「タバコ吸う時に深く息を吸うから、深呼吸になって、かえって体にいい」
とか言ってる人がいたけど、さすがにそれはないやろ笑

ただアンガーマネジメントには確実になっている
イラっとした時に、その場を一度離れて、何も考えずに吸う
それだけで、余計な言葉を飲み込める

そういえば、スモークという映画の世界観が、
禁煙していた頃も通じて好きだ

ハーヴェイ・カイテルが演じる主人公の店先では、大きな事件は起きない
人が立ち止まり、煙草を吸い、少しだけ話をして、それぞれの場所に戻っていく

今、自分が喫煙スペースや喫煙カフェで過ごしている時間も、どこかあの映画に近い感じがある

何かが解決するわけでも、人生が好転するわけでもない
ただ、一度立ち止まって、呼吸を整えて、また戻っていく

20年吸わなかった自分が、今、電子タバコを吸っている
その事実が、今の自分の状態をよく表している

2026.01.08

君を連れてゆく

今日のテーマも佐野元春
「君を連れてゆく」

この曲の「君」は、
特定の誰かを指しているわけではない
と、解釈している

新たな仲間か、もしくは旧知の知人かもしれない
あるいは、少し前の自分自身

「連れてゆく」という言葉も、引っ張る感じではない
先頭に立つ、というほどでもない
一緒に進む、それくらいの距離感

この曲をよく聴くようになったのは、
繰り返し「約束の橋」を聴いて、少し状況や心が落ち着いてきた頃

意外な人が離れた場所から見守ってくれていたり
長年、会話していないのに、なぜ今、必要な言葉が分かるのか?
不思議に感じた

追い込まれていると、見えなくなるものも多い
一方で、逆にはっきり見えてくるものもある

誰が近くにいて、誰が遠くから見ていて、
誰が黙って気にかけてくれていたのか

「君を連れてゆく」の「君」には、
そういう人たちも含まれている

これから先も、状況が分かりやすくなることはない
それでも、その時に見えたものを大事にしながら、進んでいく

リスタートというやつか

2026.01.07

約束の橋

「約束の橋」を2024年の年末あたりから
よく聴いている

正直かなり追い込まれていたと思う
創業以来でも数少ない悩んだ時期だった
最大の試練

体制を一から立て直したり、決めなければいけないことが続いた
自分でもよく分からなくなることがあった

そんな時に救いになった曲が
「約束の橋」

この曲は先のことを保証してくれる歌ではないが
「今までの君は間違いじゃない」
「これからの君も間違いじゃない」
とは言ってくれる

それを聴いて
「今まで全部が間違いだったわけじゃない」
気持ちが軽くなった

状況がすぐに良くなったわけでもないし、
問題が一気に片付いたわけでもない
それでも自分の感性まで疑い続けなくていい、
そう思えたのは大きかった

今も聴き続けている
相変わらず先はよく分からない
それでも自分を信じてやっていこう
そんな気にはなる

2026.01.06

血が流れるだろう

翻訳すると生々しい
PTAの代表作
ゼア・ウィル・ビー・ブラッド

資本主義とは、たぶんこういうものなんだろう
主人公は、分かりやすい悪人ではない
狂気も、特別な異常性も、強調されていない
ただ、勝ち続けることに一切の疑いを持たず、その結果として、周囲との関係をすべて壊していく

現代でも、この主人公に似た経営者に出くわす
判断は早く、大きな成果も出す
しかし、どこかで「人」が抜け落ちている
それを本人だけが自覚していない

この映画がさらに冷酷なのは、
宗教すらも、はっきりと偽物として描いている点
救いとしての信仰ではなく、資本主義と同じ構造を持った装置としての宗教
信じる側と、利用する側
やっていることは変わらない

だからこの映画には、救いがない
寄りかかれる場所がどこにもない
資本主義も、信仰も、家族も、
拠り所にはならない

主人公の振る舞いに自分が重なる部分がある
観ていて嫌な気持ちになる
見覚えのある感覚が、わずかながら顔を出す

同時に、自分はああいうふうにはなれないとも思う
というかなりたくない
それが、会社を大きくできない理由なのかもしれない

それでも、この映画は他人に勧めたい
ここまでグロテスクな人間像を、正面から描き切られると、
目を逸らすことができない

2024.10.24

丙午

ハローワークの職員と子供の数の話から丙午(ひのえうま)の話になった

前回は1966年生まれで出生数が前年比で25%下がった
1学年上の代がそうだったから確かに高校で2クラスぐらい少なかった(前後の学年が12クラスで丙午が10クラス)

次回の丙午が2年後の2026年に迫っている
江戸時代に色狂いして放火したお七の干支が丙午だったので縁起が悪い干支とされたのが所以

出生数を上げようと官民総力で取り組んでいるのに迷信に負けてしまうのか